2.死ぬる!


 4,5分で加西市立病院に到着。
 たまたま当直の医師が脳神経関係だったため助かりました。医師から聞かれたことに応えるが、スローにしか喋れない。医者が妻に、「いつもこんなしゃべり方ですか。」と聞かれ、「いえ、普通にしゃべってました。」「これは脳梗塞ですね。」ビックリ。

 妻が私がペースメーカー装着者であることを伝えている。「するとMRIは撮れませんね。CTだと今すぐには何処が詰まったかは判りません。」とは言われたもののまずCTを撮ってから病室へ。私はそのころから意識がなくなり、気がついたときは病室へ。本来ならばICUに入れるところなのですが、満室のためとりあえず一般病室へ。同室の人のしゃべる声で気がついたようです。
 知らない間に服を脱がされ病衣を着ていました。看護婦さんがそばで何か言っておられるがわからない。時々鼻に何かを突っ込んでいる。あとからわかったことだが、痰が詰まったらいけないのでその処置をされていたそうです。

 次に目が覚めたときは、手が勝手に動いて停めることができない状態でした。わからない。とにかく動くのです。それもゴソゴソではなくて、バッタンバッタンとです。ベッドの柵にも手をぶっつけて。そのうち足もそうなりだしたようです。看護婦さんが骨を折ったりしてはいけないので、紐でくくりつけられたそうです。それは私には記憶がありません。気がついたときにはもう手足が動かそうにも動かなくなっていました。それと声が出なくなっていました。

 とりあえず、脳圧を下げるための点滴をされました。そのうちに点滴の数が増え、ホースが3,4本になっていました。
 私は血管が浮きにくくて血管注射をするのに看護婦さん泣かせなのですが、今回もやはりそう。腕、足と打つ場所を変えてそのたびに私は痛い思い、とうとう股付け根の大静脈への点滴に。これで点滴の針を抜き差ししなくてもよくなったし、高カロリーの点滴も打てるようになりました。

 痰の出る量が多く、度々看護婦さんが鼻からチューブを差し込んで取ってくださるが、ねばくて思うように取れない。タバコを吸っていたからだとのこと。気管に水を拭きかけて粘りをとってバキュームで吸い取る。これが結構しんどいのです。

 そのうち、呼吸をするのがしにくくなってきだした。鼻からチュ−ブを気管に通して呼吸しやすくしようと試みられチューブがうまく気管に入っているかどうかを見るために、私の口を開けてみようとされるのですが、どういうわけか私が拒否をする。無理矢理口をこじ開ける道具を持ってきての処置。何度か医者の手を噛んでしまいました。おかげで歯並びが悪くなってしまいました。
 何とかうまくいき、鼻の先に呼吸しやすくするための器具をつけられました。少し楽になったかなと思うのもつかの間、どんどんと苦しくなる。その間にもCTの撮影。『息が出来ない。死ぬ。誰か助けてくれ!』と大声を出したいのにもちろん声が出ません。
 ついに医者が、「このままでは危ない。気管切開をして呼吸器を取り付けます。」と。それを聞いた私は、『もうダメなのか」と思って、涙が出てきました。
 耳鼻咽喉科の女医さんによって気管切開、そして呼吸器の取り付け。TVで見たことのあるような器械が取り付けられるのかと思ったら、何か小さなもので、切開した気管に差し込むものでした。それをつけた途端に呼吸が楽になりました。思っていたようなものではなくてホッとしました。

 呼吸困難が回避されたと思ったら、今度は新しい不安が。
意識がはっきりしているときはいいのですが、眠くなったり、意識が薄らいでくると、体をぎりぎりと縛られるような感覚に襲われてくるのです。そして徐々に体が固く固まってきだしたのです。
 どうやって医者に訴えたのかわかりませんが、医者は「いつ納まるのかわからない。」とのこと。この感覚が納まったときには、私は完全に自分で動かせるところといったら、首から上だけになってしまいました。

 三日目になると医者がソワソワしてこられ出したそうです。妻が、私の命は大丈夫でしょうかと、尋ねたところ、色好い返事をされなかったとのこと。看護婦が気を利かして、家族を呼ばれた方がよいですよ、と助言してくださって4日目に母、息子・それに娘夫婦まで駆けつけました。私はそれとは知らず、なぜ皆が来たのだろうと思っただけでした。おかげで家族が来たときには何とか危機を脱していたので、一応安心して帰りましたけど。
 医者が妻に、「危機は脱したが、これから後遺症がどのように出てくるかわからない。一生寝たままになるかも知れない。」と言われたそうです。