5.リハビリ開始


 4週間頃からリハビリが開始されました。
 初めて療法士の先生が来られたときは、『この人たち何をしに来たのだろう。』なんて思ってしまいました。何せ3人の先生が入れ替わり立ち替わり来られたのですから。あとから判ったことですが、運動療法士・作業療法士・言語療法士の先生とちゃんと療法別に来られたのです。
 運動療法士の先生に病後初めてベッドに座らせてもらったときは、目が回りました。首が重たく俯す格好になり顔を上げるのがとても楽ではない。もちろん手足は動かないのでダラリの状態。一分くらいだったかな。先生に横抱きされるような格好で座らせてもらいました。
 自分ながらここまで快復したのかと思うとうれしくてうれしくて。
 作業療法士の先生は、手がどの程度動くかを確かめられました。肩が固まって少しでも動かすと痛くて痛くてうめき声が出ます。手指の動きも確かめられました。この時はまだ指が自分で動かすことはできませんでした。
 言語療法士の先生が、「あ〜でもお〜でもいいから声が出るかな。」と言われてもウンともスンとも言えない。療法の仕方を考えておられるようでした。50オンのボードを見て、「これでは確認しづらいでしょう。」と言われ、次の日に透明プラスチックボードに50音を書いたものを持ってきてくださいました。それだと透き通っているので字を見ながら私の目も見ながら確認できるようになり、ずいぶん楽になりました。

 ひどいもので3日もするとベッドに座ってもめまいがしなくなり、病室を出てリハビリ室でリハビリを受けることになりました。
 点滴を抜いて車椅子への移動です。さすが慣れておられてグラグラの私を難なく車椅子に座らしてくださいました。イスに座っても前に倒れそうになるため片手で私を押さえながらリハビリ室へ。とても広いリハビリ室です。多くの患者と療法士の先生も多くおられました。
 ベッドに移ったと思うとそのベッドにくくりつけられ、何をされるのかと思うとそのベッドが90度立ち上がるのです。そして10分くらいそのまま、これがしんどい。最初は5分くらいだったかも知れません。
 作業療法室では、マリオネットよろしく両手をバネの突いた柱に留められてそれで腕を伸ばしたり曲げたり、痛みがあまりないように工夫しての療法。テーブルに置いてあるお手玉が取れない、腕を伸ばそうとすると肩に痛みが走る。それを乗り越えなくては行けないのだけど、なかなかできない。「肩を暖めた方がいいわね。」ということでホットパックで両肩を暖めて肩を少しもみほぐしてからお手玉取りを。
 言語療法は、とにかく腹から息が出きることの訓練、まだ口の締まりが悪く涎はたらたら、先生も大変です。おなかから息をすることは合唱をしてたし、腹筋を鍛えてたからできると思ったのですが、私の場合体のバランスを取る機能が犯されているため、おなかに力が入らなくなってしまったのです。だからおなかに力を入れることができません。先生が一生懸命して下さるのに申し訳ない。とうとう最後まで先生に私の声を聞かせることができませんでした。

 数日してくると不思議なもので、何とか自分で体を維持できるようになりました。そこで、「外の空気を吸わせてあげよう。」と病院の庭に連れ出してくださいました。その時の空気の味は今でも思い出します。
 加西でのリハビリはほんの導入口だったと思いますが、次の病院でのリハビリにスムーズにはいることができたことはありがたかったです。