8.回復期へ


 11月に入ってから病室が、3階から4階の個室に変わりました。今までいたところでよかったのですが、どうもそこはいつまでも居れる部屋ではなくて、重病患者の特別室のようでした。ですから回復したので部屋を変わったのでしょう。
 今度の部屋は個室だからTVもあるし、便所も付いているし、電動ベッドなのでとても過ごしやすくなりました。
 食事の時も頭を起こして食べさせてもらえるのでうんと楽になりました。
TVを見ながら食事もできるし。でも自分でリモコンを持って操作できるようになったのはずいぶん先のことでしたがね。看護婦さんに出してもらったり、家族に出してもらったりしました。

 リハビリも順調です。スプーンを持って豆を掬ったり、新聞紙を片手で丸めてみたり、台の上にあるお手玉を集めたり逆に台から落としたり。<BR>
 それに支えてもらいながら、立って足を出す練習も始まり、それに慣れると足を一歩ずつ出す練習もやり始めました。
 手が肩の高さまで上がるようになるにはずいぶんと掛かりました。もちろん腕から上がるのではなくて手のひらが上がるようになったのです。
 雲梯の前にいって、まず握りやすいところを握り、それから徐々に高くしていくのですが、それがなかなかうまくいかない。第一肩が痛いのです。それを我慢して手を伸ばす。はじめは腰の高さあたりだったのが、徐々に上がりだし、退院する頃には手のひらは耳のあたりまで上がるようになりました。
 そこまで行くと、療法士さんの両肩に手を当てて、腰を支えてもらいながら歩く練習も始められるようになりました。でも最初は腰がふらつくし、肩をしっかり持っておられないので、ぐらぐら。二・三歩歩くのがやっとでした。しかし訓練という物はすごいですよ。一日一日の変化は見られないようなものの、一週間前と比べると格段の違い、進歩しているのです。
 やがて、歩く距離も2b・3bと伸びていき、退院する頃には10bは歩けるようになりました。
 退院も近くなり腰を支えたもらわなくても歩けるようになると、療法士の先生の指導で、4点支持歩行器なるものを買い、それを使っての歩行練習も始まりました。>

 入浴も特浴に入れてもらっていたのが、支えてもらえば少し歩けるようになったので、家庭と同じような風呂に妻に入れてもらうことになりました。初めての時は療法士の先生の指導を受けながらの入浴でしたが、次からは週二日妻に入れてもらうようになりました。

 言語療法の方ですが、これは遅々として進みませんでした。呼吸の仕方から始めるのです。何せ時々息の仕方を忘れたかのように呼吸できなくなるのです。起きているときは何ともないのですが、夜寝るときよくなりました。『今は吸うのか?吐くのか?』と考えないと息ができなくなるときがあるのです。それに深呼吸が思うときにできない。
 だから発声練習も思うようにいかない。息を大きく強く吐く練習に小さな子が吹いて遊ぶおもちゃを使ったり、ハーモニカを使ったりしました。
 病気の影響で喉咽の上が片方だけ下がっているため、息が鼻に抜けてしまうのです。それでも何とかちょっとだけ言葉になるようになりました。
言語療法士の先生もいろいろ試行錯誤されたようでしたが、思うほどの成果が上がらなかったように思います。

 お正月が近くなり、病院で過ごさなければならないかなと思っていたら、先生から一時帰宅するようにと言われました。
 とは言っても私が家で生活していた場所は2階ですから当然無理。ちょうど1階の客間に洋室があったので、とりあえずそこで正月は過ごすことに。
 12月31日タクシーで何と3ヵ月半ぶりに我が家に帰りました。玄関を入ったところで思わず「ああ生きて家に帰れた」と思った瞬間泣いてしまいました。家が旅館をしているおかげで廊下は広めなので車いすの通行には差し支えありません。食堂も板張りですから問題なし。
 わずか二泊三日でしたが、家族そろってすばらしい時を過ごせました。
 もう退院も近いだろうから退院後私の生活する場をどこにするか考えました。その結果プレハブですが子供部屋を生活の場にすることにしました。退院するまでに車いすが入れるように入り口や段差をなくすための改修、それにトイレを私でも使えるようにすることにしました。それと私がお風呂に入れるよう浴槽のところにも手すりをつけてもらうこととしました。

 リハビリも順調に進み、先生の両肩を持っての歩行がずいぶん楽になってきました。でも一人で歩くことにはなりそうにありません。
 障害者認定検査も受けました。そしていよいよ退院面接。主治医の前でどれくらい機能回復しているかを診てもらいました。その時先生が、
 「こんなに回復するとは思いませんでした。せいぜい車椅子に座れる程度まで回復すればよい方だと思っていました。よくリハビリがんばったね。」と言われ、涙。
 
 1月23日退院。後は週一度リハビリに通うこととなりました。ところがこれが大変でした。公共の乗り物が使いにくいので交通機関はタクシーです。妻は運転できませんでしたから。わずか30分ほどのリハビリのために週1回で一万円ほどかかっていました。妻も大変です。朝旅館のことをしてから出て行かなければならないのでものすごい負担になったことだと思います。
 そのうち近所の人が近くにあるリハビリを専門にしている病院施設を紹介してくださったので、妻が行ったのですが、私が若いためにそこには入院できないとのこと。その代わりに東広島市にある県立リハビリセンター病院を紹介してくださりました。

 4月下旬に妻に連れられて県立リハビリ病院の診察を受けに行きました。
 「リハビリは発病半年までが一番有効なのです。もっと早く来れば良かったのに。」と言われましたが、入院許可がおりました。すぐには空きベッドがないので空き次第連絡すると言うことで待っていると5月4日に入院するようにとの連絡。もっと待たされると思っていたのでびっくり。とりあえず必要なものを持って入院しました。