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12月12日

「たんぽぽの会」クリスマス会


 今日は今年最後の「たんぽぽ会」でした。
 クリスマス会だと言うことか最近にない30人の参加者でにぎわいました。私が参加しだして最高の参加者ではなかったかな。
 そして今日は妻が途中までいてくれることになり、いい気分。本当は最後までいてくれることになっていたのだけど、旅館が忙しくてそうはいかなくなりました。ちょっと残念。
 
 会場へ行ったら知った人がいてびっくり。その人も私を見てびっくりした様子。
 会が始まって今日のゲストの紹介。選任の療法士の先生とお知り合いになり、こんな会があると話したら、是非参加してみたいと言うことだったので声をかけてきてもらったとのこと。何と私が通っている病院の今年採用になった運動療法士の女先生です。たぶん午後休暇をとっての参加だったのでしょう。

 ここ2.3年ケーキ作りだったのですが、今日はフラワーアレンジメントです。2年前に一度作ったことがあります。
 保健士さんの指示通りに花を切ってアレンジしていく。でも花を長く切ったのと短く切ったのではアレンジすると全然違ってくるから不思議。妻の助言を参考にしながら次々とアレンジしていきました。
 もう後1,2本差し込めば終わりというときになって、突然気分が悪くなり「気分が悪い。」と言ってギブアップ。今まで経験したことのない気分。最後の締めは妻がしてくれました。
 会の始まる前の血圧測定で下が高かったので保健士さんが「どうしたのかな。」と言われたのだが、気にしてなかったのだけど、それが原因かも。トイレに行ったらすっきりするかと思ったがだめ。どうも調子が戻らないので迷惑をかけてもいけないので帰ることにしました。
 妻がそのことを保健士さんに伝えると、急いでクリスマスプレゼントを持ってきてくださいました。今年は番号札ではなくビンゴゲームにしてあったのですが。
 それでもちょうど帰り際サンタさんの登場があったので、それだけはカメラに納めて帰りました。
 楽しいクリスマス会最後まで居れなくて本当に残念。
 帰ってからすぐベッドに横になり2時間ほど寝ると気分も元に戻り、ほっとしました。
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さあ、がんばってつくるぞ!
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これで九分九厘できあがり。
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今年のサンタさんは356歳とのこと。
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これができあがりの作品です。

                  



11月25日


別荘から帰ってきました


 25日の午後別荘から帰ってきました。
 今回は母が足の静脈瘤潰瘍の治療手術のため川崎医科大学付属病院へ入院したので、妻が付き添いをしたりしなければならなくなり、その間私をどうすることもできないので、病院へ送り込んだわけです。
 ショートケアという手もあるのですが、私が病気持ちだということで、医者に相談したら引き受けてくださったのです。
 最初母の手術日がなかなか決まらないために、こちらも予定が立てられず困りました。母の手術日が決まったのでこちらも予定を立てたのですが、翌日変更の連絡が入り、ちょうどその時にはまだ滞在客おられて付き添うことができず、急遽息子に付き添ってもらうことにしました。
 ということで私の入院期間も流動的なものになったのですが、妻がすぐにでも動けるようにということで四泊五日となりました。
 この際、長いこと癌検診も受けていないので検査してもらおうと思ったのですが、連休と重なったためにできませんでした。
 やはり病院に入院したのですから、入ったら寝間着に着替え、体温測定に血圧測定、入院に至る経緯や既往症なども型道理に。
 この度は一応元気で入院しているのですから、家族の面会もほとんどなし、息子が洗濯物を鳥に5分ほど来るくらいです。
 入院した次の日に、一日かけての糖尿検査。食前30分前と食後2時間後に血液と採取しての検査です。私は血管が浮かないため、血管注射は手の甲にしているのですが、これまたなかなかスムーズにいかないのです。今回も6階針を刺されたのですが、うまく血管が探れずにやり直しを食らい、人以上に痛みを味わいました。
 後の鬱かは休日中なので何もなし、そうなると思って妻のノートパソコンを借りて持っていっていましたので、それでMovie CDを見たり、電子ブックを読んだりして過ごしました。
 杖を持っていっていたので、リハビリもしようと思っていたのですが、看護師さんや学生さんたちも忙しくしておられたので、付き添ってもらえそうになくできませんでした。
 帰る前の日の夕食時、ふつうに食事を始めたのですが、ちょうど半分ぐらい食べたところで、急に気分が悪くなり、脈が速くなって、胸がしんどくなってきました。看護師さんに連絡しようと思ったとき、看護婦さんが来られ、食事も中断して、すぐベッドに横になりました。でも横のなっていると次第に気分も落ち着いてきて、一時間程度で収まりました。
でも退院する日の午前中に心電図やレントゲン撮影を受けました。帰り支度をしているときに回診があり、今のところ異常なしでした。入院していてよかった。
 別荘は別荘でもやはり好きになれない別荘での四泊五日でした。



10月21日


57歳の誕生日


 今日57歳の誕生日を無事迎えました。確か去年は病院で迎えたはずです。今年は今日まで入院することもなく元気にやって来れました。
 倒れたときは命もままならない状態だったのが、危機を脱してからの回復がよく、医者もびっくり。
 ベッドに寝たままで流動食のお世話になるだろうと言われた私が、今ではビールも飲めるし、杖をついて歩けるようになったのですから、医学の進歩はすばらしいものです。それに家族の支えがあったことは言うまでもありません。自画自賛にもなりますが、私自身が「なにくそ負けるものか」とリハビリにもがんばったことがあると思います。
 毎年我が家では私の誕生日は忙しいことになっており、いつもすぎてから「ああ、お父さんの誕生日もうすぎちゃった」が常でしたが、今年はヘルパーさんが私の誕生日を覚えておられ、ちょうど当日が入浴サービスだったこともあり、誕生日のお祝いまでくださったので、家族も忘れることはありませんでした。
 お祝いのケーキのろうそくを消すのに、うまく吹くことができずに1本も消すことができませんでした。
 でもみんなに誕生日当日祝ってもらったのは本当に何年かぶりでとてもうれしかったです。

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10月10日


風船バレー対抗試合

 
 10月10日「たんぽぽ会」は風船バレーの対外試合の日。今日は妻も同行です。実は昨日朝起きたら喉が痛くて痛くてとうとうデイケアを休んだので、今日行かれるかどうかずいぶん心配したのですが、今朝起きてみると何ともない、一安心。
 先月報告しませんでしたが、先月の「たんぽぽ会」はその練習があったのです。
 試合場所は隣町の御調町リハビリセンター内です。この町は福祉の町としても全国的に有名な町です。「たんぽぽ会」に来てくださる療法士の先生もここの人です。5年前にも参加したことがあるのですが、そのときは初戦敗退でした。
 大型観光バスに乗っていくのですが、何せ手足の不自由な者ばかり。スタッフや家族の助けを借り15分ほどかかってやっとみんなが乗車です。もちろん私も助けを借りて。バスに乗っている間は30分ぐらいです。着いて降りるのもまた一苦労です。
 参加チームは、御調郡内と「たんぽぽ会」の2チーム、併せて11チームでした。そのほとんどは御調病院の関連施設からの出場です。
 府中からの参加者は24名。1チーム12名なのでちょうど2チームできました。けれども交代要員はいません。私はAチーム。Aチームは一回戦不戦勝。Bチームの応援に回りました。
 Bチームも検討し、1回戦ストレート勝ち。ところがもし私のチームAチームも勝と府中同士が準決勝を戦わなければならなくなります。くじ運が悪かったな。
 私たちが戦う相手は昨年優勝したチームです。チョッロと練習した程度の私たちでは相手にならない強いチームと思っていました。
 いざ試合を始めて見ると接戦。1セット10点のゲームでしたが、まず10対9で私たちの勝ち。次も接戦となりましたが、なんと10対7で連勝。昨年度優勝チームに勝ってしまいました。
 ということで準決勝は府中チーム同士。どちらが勝ってもよかったのですが、こうなるとどうしても決勝に出たくなる。双方とも闘志向きだし、1点1点に一喜一憂。スタッフも二組に分かれての声援。結局連勝で我々Aチームが勝ち、決勝へ進出することになりました。
 決勝の相手は御調リハビリセンターのチームです。こちらも初めての決勝進出。
 もうここまでくればどっちでもよいのですが、やはりせっかくだから優勝したい気になります。おそらく相手もそう思ったでしょう。
 決勝は2セットまで7点、3セットは3点ということになりました。
 勝負は一進一退、本当に伯仲したゲームになりました。
 1セット目は7対6で私たちの勝ち。2セット目は逆に6対7で相手の勝ち。
 いよいよ3セット目です。たった3点勝負ですからミスは許されません。会場内熱気ムンムン。天気もよかったせいか、私たちも汗をかきながらの試合です。しかし最後は力尽きて、私たちのチームにミスの連発が出てでとうとう1対3で負けてしまいました。そのうちの1点は私でした。
 試合が終わった瞬間は、みんな『負けて残念』の気持ちと『やれやれ終わった』という気持ちが交差していたと思います。
 お互いの健闘を讃え合っての拍手。気持ちよい汗となりました。久しぶりに興奮することができました。
 閉会式にも臨んで賞状と記念品をもらいました。記念品は来月の「たんぽぽ会」でもらえるでしょう。
 どうもスタッフは早く負けるだろうと予測していたようで、3時半頃には府中に帰れるとにらんでいたようですが、何と府中に帰ったのは5時前、9時半集合だったので、みんな心地よい疲れたを味わったのではないでしょうか。
 妻も予定が狂ったみたいで、家に帰ってすぐに旅館の買い出し、料理とすごく忙しかったみたいです。
私はというと帰ったら一目散に部屋に入ってベッドに潜り込みお寝んね。1時間半ほどぐっすり寝てしまいました。
ベッドに寝転がったままの状態だった私が、こんなにすてきなことのできるようになった今の私に感謝感謝です。もちろん家族や病院関係の人にも感謝です。参加できて本当によかった。
  
 
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Aチームの応援です。
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私も必死に風船を目で追いかけて。



9月16日


OSを入れ替えた


 このたびOSを入れ替えました。いままではNEC用の95から98にアップグレードをしていたので、不具合が多く、誤作動もするようになったので、一からやり直すつもりでXPをインストールしました。ついでにcpuも1.8Gのpentium4にアップしました。
 予想はしていたのですが、使えないソフトがたくさんでました。特にアップグレード版のソフトは使えなくなるのがつらかったです。
 インターネットの各種設定はメモ帳に保存していて事なきを得ました。一つ一つのソフトが作動するかどうかを確かめながらのインストール、ほとんどは「このOSには対応していません」と出ましたが、結構古いソフトでも問題なく動くのもありました。
 でも一番困ったのが、メールが受信できても送信できないことでした。アカウントの設定ミスなのですが、それを解決するのに結構な時間がかかりました。私もまだまだわからないことが多くありますね。
 それと98とXPでは同じソフトなのに表示画面が違ったり、機能が違ったりすることです。98にはあったフォルダがXPではなくなったり。メールのバックアップはとっていたのですが、XPではそれを土子のフォルダに入れてよいのか、それがわからない。それでも何とかエクスポートできたのですが、今どうやってしたのか思い出せないで困っています。
 もう一つexplorerを6.0にアップしたら不具合が出てきて困ってます。それはメールのなかのwebが開けないことです。息子に聞いたら、6.0はバグが多いからアップしないほうがよかったのに、と言われました。ほかのメールソフトでもメール受信をしているので、そちらのほうで開くことによってたちまちは回避です。削除したいのですが、できないためあきらめました。他にも不具合があります。
 cpuを1.8Gのpentium4にしメモリも512にしたので、こちらの方は快適です。
 後は不具合を克服しながら使い慣れるだけですね。
 



8月15日


孫の帰省と8月の「たんぽぽの会」


 8月2,3,4日と二泊三日で娘が孫を連れて帰省しました。今回旦那は仕事の都合がつかないため来ませんでした。

 2日はちょうど私の入浴サービスの始まる頃家に着くので、迎えてやれないと思っていましたが、これから風呂場に行く時にやってきたので、娘と孫の顔を見てから落ち着いて入浴サービスを受けることができました。

 入浴サービスが終わった時には孫はお昼寝タイム、そこで私もお昼寝。
 目が覚めて、ロビーのほうへ行くと孫が母親と遊んでいた。血が繋がっているからか、まだまだ顔見知りすると言うことなのだけど私の顔を見てニコッとしてくれホッとしました。一才と一ヶ月ちょっとなのでヨチヨチ歩きですが、私より確実に上手に歩いています。甘えん坊でお母さんのそばから片時も離れようとはしません。でも孫のすることはどんなことををしてても絵になりますね。見飽きることがありません。
 この度は旅館のお客があるため、妻も孫にかかり切ることができないので、残念そうです。お客が帰る前に孫の入浴をすませ、夕ご飯もさっさと娘が食べさせて部屋に入ってしまった。でも写真を撮ることは忘れませんでした。
 娘も疲れていたのでしょう。孫を寝かせながら自分も寝たようです。

 二日目は、じいちゃん・ばあちゃんと孫・娘の4人で大型店舗に行きました。ちょっと買い物をして、レストランに入ってお食事。孫のよく食べること、見てて頼もしい限りです。
 そのあと次男の勤めているスパーへ行って妻が買い物。その間私と孫たちはゲームコーナーへ行って、電車に乗ったり、自動車に乗ったり、メリーゴーランドに乗ったりしました。私は乗れませんので、もっぱら写真取り。孫の楽しそうに喜んでいる顔を見るのが何よりです。
 お昼寝の時間が来たので、帰宅、私もお昼寝。今夜はお客も少なくなり、妻も余裕ができて孫の守りをしたりしていました。私はその様子を眺めたり、写真に撮ったり、時には声を掛けて私と孫の人差し指をETのようにくっつけて遊んだりしました。孫のお気に入りポーズの一つです。
 夜も元気よくロビーで遊び、いつもより遅いお休みとなりました。

 もう帰る日が来ました。何せ遠いところなので昼前にはもう家を出ないといけません。さようならが辛いです。さいごにETをしてお別れしました。
 今度会うのはお正月かな。そのころはまた成長していることでしょう。今度は少し喋れるようになっているかな。妻は駅まで見送りしました。ああ、寂しくなったなあ。


 今月8日にあった「たんぽぽの会」のメインイベントは【ベンチサッカー】でした。
 1セット、2セットは足だけを使ってのサッカー。中には足の丈夫な人がいて一蹴りでゴールさせる人もいます。しかしほとんどの人がどちらかの足が不自由なので結構楽にありませんが、相点チームにボールを取られないように相手の足の届かないところでボールをパスするようにしたりと、工夫をしています。ゴール前までボールを持っていきながら、相手に取られたり、ボールの取り合いでボールがはじけるのではないかと思われるくらいボールを挟みつけたり、段々とエキサイトしていきます。
 結局勝負はつかずに、3セット目に。このセットは手を使っても良いことになりました。やはり手のほうが良く動く(動くてで思うようにボールが扱える)ので、ボールをわしづかみにしたり、投げたり、手でガードしたりで思わず椅子から立ち上がる人まで出るという興奮ぶり。見ていて、またボールを取り合ったりしていると笑いがこみ上げてきて、おなかが痛くなりました。どこにみんなこんなエネルギーを持っているのだろうかと驚くばかりです。
 結局最後相手チームが逃げ切りの勝ちとなりました。冷房の効いている部屋なのに汗が出ましたよ。
 この日は、妻が送り迎えをしてくれ、最初と最後はいてくれました。本当はずっといてくれる予定でしたが、用を思い出してそれはなりませんでした。

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お家の庭で水遊び
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やった!タコの頭が取れたぞ。(楊子入れです)
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車に一人で乗ってご満悦
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ママと一緒にメリーゴーランド。お澄ましポーズ。

 

 


7月29日


府中ドレミファフェスティバル

 7月27,28日は年一度の市を挙げてのお祭り、ドレミファフェスティバルのある日です。
 去年は参議院選挙のため一月遅れでしたが、今年は元に戻り、しかも好天気に恵まれての二日間でした。

 府中商工会議所女性部ができてからはずっと我が家が無料着物着付け所になっており、27日当日は今年も忙しくなりました。

 またその女性部がテント村でこんにゃくと棒竹輪の田楽をして売ることになり、会場に近い我が家が勢い準備場所に変身てんてこ舞いの我が家になりました。母も右往左往していました。

 15時30分から和箪笥製造日本一の地元ならではの箪笥リレーがすぐ隣の道路で行われたのですが、誰も連れて行ったくれる者もいないのでその時間帯は昼寝しました。息子も商店街のテント設営で必死ですし、もちろん妻も女性部の仕事で走り回っているし。(去年の写真がありました。)
 
 18時30分パレード開始。このパレードには小学校のトランペット鼓隊も行進しますし、もちろん私が最後に勤めていた栗生小学校も出場するので見逃すわけにはいきません。三番目に行進してきました。私がいた時よりも子供が減って少し迫力に欠けていましたが、元気に演奏して通りました。

 パレードのあとは踊りのオンパレード。33組が参加したようです。今年は「よさこいソーラン節」を踊るグループが三組もありました。いわゆる盆踊りに比べるとやはり迫力が違いますね。いろいろ趣向を凝らした山車を先頭にして、責任者は大変だったことでしょう。
 写真を撮りまくったのですが、デジカメについているストロボでは光量が足りないのでカメラ用のストロボをつけたのですが、今ひとつストロボの性能を発揮できなかったように思います。また健常者のように自由に動けないのでアングルも決まってしまい、メリハリのないものになっていまいました。

 踊りパレードが終わっても、誰も私を迎えに来てくれる者はいません。しかも犬の鎖を車イスにつけているので私は動きが取れません。人通りは少なくなるし、心細くなってきたところへやっと妻が来てくれました。

 今年は旅館にお客がいたため、例年のようにはいきませんでした。
 二日目の花火大会の時には花火がよき見える河原まで行くのですが、今年は花火が始まってもまだお客の世話は後始末で音だけを聞いていたのですが、フィナーレの連続打ち上げだけ花火は何とか見せてもらうことができました。

 今年は元気で夏を迎えられ、お祭りにも参加(?)でき、本当によかったです。来年もぜひ元気でいたいものです。
 
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去年の「タンスリレー」です。
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引き出しが出ないよう調子を取りながらのリレー。
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パレードの先頭は消防音楽隊です。
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こんなかわいい子も行進しました。
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小学生の鼓笛パレード、指導してた頃が懐かしい。
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若い子が諸肌脱いで、ついパチリ!
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趣向を凝らした山車も見物です。
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オーソドックスな踊りもいいものです。
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今年は「ソーラン節」が流行ったようです。
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子どもも負けじとがんばっています。
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総勢150人の「ソーラン節」、迫力ありました。
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暑い中必死に、でも楽しそうに踊っていました。



 

7月15日


7月の「たんぽぽの会」


 7月11日、台風一過で夏の日差しが照りつける日でしたが、会場はクーラーが寒いくらいに効いた部屋でしたから快適に過ごせました。
 
 今日は体重検査の日です。ここのところちょっと肥えているようなので心配です。
 体重測定があるのでいやだったのか、参加者がとても少なく、17名と私も初めて経験した少人数の参加者でした。

 まず脳卒中体操をして(いつもの体操です)、3組に分け、二組が風船バレーをしている間に残り一組が体重測定をします。肥満度を計算するために身長も体重測定と一緒に測ります。

 私のグループはまず風船バレーから。チームの名前は相手チームがホトトギスとしたので私の意見でツバメになりました。
 いつもは12名が1チームの人数になるのですが、今日は7名、大変です。前列4人、後列3人というポジションで戦いました。
 3点までは簡単に連取したのですが、そのあとはどうしても点が取れず、防戦一方で連続6ポイントも取られて敗北です。

 勝ち残りとなったので、私たちが体重測定の番です。一人で歩ける人から身長・体重と測っていきました。
 私は車イスから降りて、スタッフの手を借りて測定しました。今日は厚みと重みのあるサンダルで行ったので、身長は180センチ、体重は62キログラムありました。
 私の身長は168センチですが、今は膝もまっすぐには伸びないし、多少縮こまっていると思うので168を切っているのではないかと思います。体重は風袋1キロとして61キログラムと計測されました。
 肥満度の計算では、もちろん標準の中では痩せに近い値でした。でも医者には60キロを超えないようにといわれているので、減量に努めなければ行けません。ビールをダイエットにしました。

 全員計測が終わるともう一試合風船バレーが残っていますので、今度は前衛を3名にし後衛4名で戦いました。相手のチーム名はトンビです。
 始めは点を取られていたので、また負けるかなと思っていたのですが、シーソーゲームの展開となったのですが、結局は私たちの作戦が当たったのか、勝つことができました。

 最後はお茶を飲みながら、保健婦さんの今日の体重測定の結果の見方から、食事指導をしてもらいました。先日血液検査でも血糖値は正常でしたので安心です。

 今日も妻は忙しくて送りだけ、帰りはタクシーで帰りました。今日も楽しかったです。
  
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三郎の滝
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二郎の滝壺
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三郎の滝滑り
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岩の上を流れる水に乗って滑ります




6月9日


6月の「たんぽぽの会」

 梅雨入り前の真夏を思わせる暑さ、その暑さに負けないくらいのワールドカップサッカー、毎日見ています。おかげでメールはちょっとそっちのけになってしまいそうです。
 私は現役の頃子どもにサッカーを指導していましたので、選手の動きやボール回しも気にしてみています。母なんかただ蹴っただけでワーワー言っていますけどね。


 6日は6月の「たんぽぽの会」の日でした。

 会の始めに「虫歯予防週間」にちなんで保健婦さんから虫歯の予防と歯の磨き方についてのお話がありました。私も歯周病になりかけているので注意しなければいけません。今飲んでいる薬に副作用で歯周病に成りやすい体質になっていると歯医者に言われているので冷や冷やです。

 この日はミニ運動会です。まず体操をしてチーム分け、私は赤でチーム名は紫陽花、黄チームはアヤメと命名。

 最初の競技は「ジャンケンしましょ」です。一人3本の荷造りテープで作った輪っかを持ち、敵味方なくジャンケンをし、負けたら輪っかを取られ、最後にどちらのチームが多く輪っかを取っているかを競うゲームです。
 私は8人の人とジャンケンをし、残った輪っかは2本、1本取られました。チームとしての結果は35対49で紫陽花の負けでした。

 次のゲームは「何か?何かな?」です。箱の入っている様々なものを手で触ってその品物を当てるというあのゲームですが、1チーム3人で答を統一するのです。前回に私は競技しているので他の人に出場を譲りました。
 アヤメチームに小心な人がおり、その人は前回も笑わせた人ですが、今回も笑わせてくれました。療法士の先生がわざと手に触ったりして驚かしたり、本当に爆笑の渦ができました。
 このゲームは我々紫陽花チームの勝ちとなりました。ちょっとこのゲームに時間を取られすぎたために1ゲームできませんでした。

 最後のゲームは「ハイポーズ!」。何てことはない、パン食い競争です。もちろん歩ける人歩けない人がいるので早さを競うのではありません。ちゃんとパンに三角くじが張ってあり、そのくじに得点が書いてあるのです。
 私はどうもこの競技が苦手でうまくパンを加えられないのですが、この日もやはりなかなかくわえられない。でもこの日は手を使わなくてもくわえることができましたよ。
 このゲームはパンがお茶請けになっているので家族の人もスタッフも参加です。合計得点は、1050対1039の小差で我々の勝ち。

 もちろん総合得点でも紫陽花チームの勝ちとなりました。勝ち負けが目的ではありませんが、やっぱり勝つとうれしいものです。
 お茶しながら今日のミニ運動会の反省やらおもしろかったことなどが話題に。

 今月も妻は家が忙しいので、私だけの参加。行きは妻が送ってくれたのですが、帰りはタクシーで帰りました。運転手さんによっては私の言っていることがなかなか通じなくていやなのですが、今日の運転手さんはすぐに分かってくれありがたかったです。ちょうど玄関へ妻が水まきをしているところへ帰ったので、助かりました。一度車から降りたところに置かれたことがあったので一人でタクシーに乗るのは好きではないのですが。今日の運転手さん優しかったな。


 ということで今月の「たんぽぽの会」も終わりました。体調を整えて来月も元気に参加したいです。



5月30日


府中産業メッセ


  26日は妻が商工会議所女性部の役員として、25.26日とウッドアリーナ(木造建築による体育館です)で開かれた「府中産業メッセ」のお手伝いをすることになっていたので、私もついて行きました。「府中産業メッセ」は、市内の物作り企業が製品紹介と販売を目的として、市民一般に紹介するイベントです。長男は広島へ、もちろん次男は仕事、母は知人の葬式に参列と、家に誰もいなくなるので私一人家に置いておくわけにいかないからです。
 9時半に家を出て会場へ、この日は障害者専用駐車場へ入れました。
 着いてすぐに放って置かれ、自分で車イスを押して会場巡り。トイレに行きたくなり障害者トイレに行ったら「使用中」。20分くらい待っても開かない。仕方なく妻のところに行き、係員を呼んでもらったら開けるのを忘れていたとのことです。待てたからよかったけど・・・
 会場をゆっくり巡っても4,50分で巡れ、あとはロビーで人の流れを眺めたり、興味のあったブースをまた見て回ったりして過ごしました。
 12時過ぎに会場の周りに立っているテントの出店を見て回っていると3月30日に集った親友の奥さんにばったり。飲食店コーナーにもう一人の友人もいるとのことで連れて行ってくださり、友との再開ができました。偶然の再会を喜び合いました。そのうえビールを呼ばれました(これは妻には内緒)。20分くらい一緒にいたかな。次に行かなければならないところがあるということでお別れ、私はまた会場の中へ。
 1時までの手伝いということだったのになかなか連れに来てくれない。会場関係者の人たちが弁当を下げて歩いているので、「これは弁当を食べているな。」と思ったら、やっぱりそうでした。2時前になって連れに来てくれましたが、一緒に仕事をした人を先に送ってくるということでまたまた待たされました。
 2時半頃やっと帰ってきたので、二人で飲食店コーナーへ行き、焼きそばに福山の地ビールをご褒美に買ってもらいました。
 教頭時代の学校でお世話になったPTA会長さんや親しかった保護者の人にも会い本当によかったよ。特に会長さんに会ったときには泣いちゃった。
 でも天気がよすぎて、しかもずっと人集りの中くたびれて帰ったらベッドに直行、お昼寝をしました。
 妻も疲れたようでしたが、相変わらず滞在のお客さんがあり、休む暇もなく働いていました。だから夜はバタンキュウ、ベッドに入ったと思えばすぐに寝息です。大変だ。
 月曜日は私が入浴サービスを受けている間にちょっと昼寝をしたようで、息継ぎができたみたいです。

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これが木筋建築「ウッドアリーナ」です



5月19日


バラ祭りへ


 先月の「たんぽぽの会」は風邪を引いて出席できなかったのですが、今月の会には出席できました。
 この日は療法士の実習生もきました。何と長崎にある学校からわざわざ実習にくるのだから、よほど全国に知られている施設なのですね。隣町の御調郡御調町は福祉の町で有名なのですが、「たんぽぽの会」に来ておられる療法士の先生が、その御調の福祉センターから来ておられるのです。
 メインはベンチサッカー、もう何度も報告しているのでどんな競技か知っておられますよね。この競技もみんなが燃える競技です。この日も汗が出るくらい燃えました。そしてビーチボールが割れるのではないかと思うほどの熱戦となりましたが、結果は私のチームが3敗の成績に終わりました。私自身、右足を使った方がいいのですが、ゴールするためには左足で蹴らなければならない試合が2試合あったために実力(?)が発揮できずに終わったのです。それと車イスの人がチームに多かったのも敗因の一つかも、なんて負け惜しみを言います。

 隣町福山市で18.19日とバラ祭りがありました。18日の正午のニュースを見ていた妻が突然、「バラを見に行こう。」と言い出しました。連日旅館が忙しかったので、お客が連休で家に帰ったこの土日は骨休みをすればいいと思ったのですが、どうしても行くというので二人車で出かけました。
 会場近くまではスムーズに行ったのですが、車を何処に駐車していいか分からない。遠くだと車イスを押していくのが大変だからです。いつも行っている脳専門病院が近いのでそこの駐車場に止めようかと思い、行っていたのですが妻の運転の未熟さのために右折できなくて、左折したところに他の病院の駐車場があり、そこが空いていたので止めさせてもらいました。バラ公園まではそこから5分ほどでした。
 公園の周りは通行禁止になっていて、露店もいっぱい出ており本当にお祭り気分でした。人でも多かったようです。新聞には24万人と書いてありました。
 公園のステージでは地元の演奏家が演奏していましたが、耳の悪い私には残念ながら大きな音の雑音にしか聞こえませんでした。
 公園の中には190種1万5千本のバラが植えてあり、バラの香りでいっぱいです。色もとりどり、中には牡丹のような花もありました。「あ、これきれい、こっちもきれい、この花びら変わっているね。」などと妻と話しながら見て回りました。リラクゼイション効果も出てきてか、気分まで何かスーッとしてきましたよ。
 私が、妻の写真を撮っていたら、「ご一緒に撮ってあげましょう。」と親切な男性がおられ、いい記念ができました。ちょっと曇り空だったので、写真が今イチでした。
 一通り見終わったところで腹も空いたのですが、おいしそうなソフトクリームを売っていたので、それを買って妻と仲良くバラのそばで食べました。
 前バラ祭りにきたときは、長女が一才になる前だったので29年前になるのかな。あの時にはまだ私も妻もバラとまではいかないけれど、生き生きしていたのにな。ときを感じました。
 帰りにコンビニでサンドウィッチを買い、車の中で食べてから帰路に着きました。無断で病院の駐車場に止めてごめんなさい。疲れたけど、妻のストレス発散になったのでいいか。
 
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4月30日


いろいろありました

 久しぶりの更新になってしまいました。メールするのも、HPを更新するのも何となくおっくうになっていました。

 4月3日には、デイケアから花見に行きました。もう葉桜になりかけていましたが、桜吹雪の舞う中、一時を楽しみました。

 4月に入ってこの病気になってから初めて寝込むような風邪を引き、風邪が治りきらないうちに今度はジンマシンを患い、最悪。せっかく楽しみにしていた4月の「たんぽぽの会」へも出席できませんでした。でもおかげでひどいことにならず、三日ほどで治ってくれました。

 また教え子が二人も二週続けてきてくれました。一人は小学5年生の時担任していた子ですが、2人もの子どもと旦那を連れて会いに来てくれました。私がこんな病気になっていたのを最近の私からの手紙で知り、居ても経ってもおれなくなったようです。教師冥利に尽きますね。ありがたいことです。

 娘が6月になると職場復帰するのでそれまでにもう一度孫の顔を見せておきたいと、19日から22日まで3泊4日で孫と二人で帰ってきました。
 この度は列車で帰ってきたので、結構大変だったようですが、ベビーカーも軽いものを向こうの父に買ってもらって、これで帰ってきました。
 孫がつく頃私はちょうど入浴サービスの最中だったので、ソワソワして落ち着かないサービスを受けました。風呂から上がって一息ついたところに孫が到着。顔を会わせて、笑い顔を見てから「ホッと!」しました。
 孫も10ヵ月になり、もう伝い歩きはするし、機嫌が良ければ「バンザイ!」「パチパチ」「おっちゅ!」「キラキラ」もできるようになりました。まるで大人のオモチャです。孫の一つ一つの仕草・笑い・泣きを見て喜ぶ。孫も大人の機嫌をとるのにさぞ疲れたことでしょう。
 孫がいる間中天気が悪く、どっかへ連れて行くこともできなかったのですが、一日は妻が2時間ほど大型店舗へ連れて行き、一日は息子がちょっとドライブに連れて行った程度です。私は留守番。
 いる間中何度も私の膝に来させようとしたのですが、いやがって泣き、ダメでしたが、それこそ帰る間際の5,6分「おいで」をしたら手を出してきてくれ、膝に抱っこすることができました。おじいちゃんがかわいそうだと思ったのでしょうか。みんなから「良かったね。満足したでしょう。」と言われました。
 
 今度は来れたら8月お盆を避けてくるとのこと。近くならこっちから出かけるところですが、何せ5,6時間も掛かるところにいるのですから、思うようには行きません。それに母が高齢になっているので留守がしにくくなっているし。もちろん私が動くことが一番の障害かも知れません。
 いつものことながら孫が来る前は早く来ないかと日にちを数えているのですが、来てしまうとあっという間に時は過ぎ、帰ってしまうものですね。帰った後の空虚さがまたたまらない。本当に虚脱状態になります。もう今から次に来るであろう日を数えています。その時にはじいちゃんはまだ歩けないのに、もう孫はアンヨしているだろうな。その様子がもう見たくて見たくて、8月よ早く来い!
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ご覧のようにもう葉桜です。
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みんなお外に出れてうれしそうです。
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ちょっといい顔しようかな。
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僕はちょっと迷惑だな。
だけどおじいちゃん・おばあちゃんはうれしそう。


3月31日


友との再開 と 父の法要


 30日、神奈川在住の友が急に帰郷してくるというので、友達5名が集うことになった。
 中学生からの友達仲間で『ヤングレインボー』と名付けていろいろと楽しんだものだ。高校時代には女性2名を含めてのグループになりました。当時では結構ワルだったかも知れないが、誓って酒を飲んだり、タバコを吸ったりなどの不良行為はしませんでした。それが5人揃って再開するのは30年ぶりぐらい。それぞれが結婚式には招待したのだが、仕事の関係で来られなかったりし、その間友の一人が東京へ転勤となり、ますます揃って会うことが不可能となっていたのです。
 4人は府中に在住しているのだが、個別に会うことはあったのですが、仕事が忙しくて4人揃ってはこれまたなかなか会うことがなかった。
 実は私が脳梗塞を患ったことは神奈川の友には知らせてなかったのだ。だから他の友の一人がそのことを知らせたときに彼はひどく驚いたそうである。
 私の家で席を設ければ良かったのだが、父の法事の前日で姉妹・従姉が来ているため、他の友宅に席を設ける。そこまで妻が車で送ってくれました。
 会うなりたちまち30年前に逆戻り、青年時代に戻ったような会話が飛び交う。中学生の時、勉強を教え合うと言ってと友の家に集まって徹夜をした時のこと、(でもちゃんと親には何処に行くと言って出ていましたし、その友達のお母さんが朝食などを作ってくださってもいました)。そして友の彼女のこと、それにまつわる秘話など次から次へと楽しく語り合いました。
 このグループで小旅行を楽しんだり、海岸キャンプをしたり、クリスマスパーティーをしたりもしました。
 楽しい時間というものはすぐに経つもので、瞬く間に別れの時間。次回いつまた5人揃って会えることができるか分かりませんが、メールアドレスを教え合ったので、メール交換をすることにしました。 本当に楽しいひとときを過ごすことができました。
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30年も経つと皆さんはげに白髪のおおじいさん顔ですね。

 次の日31日は父の13回忌の法要です。前日から平塚に住んでいる姉、東京品川に住んでいる妹が娘と旦那を連れて、父の姉方の従姉が来ていました。
 当日は家族、本家、祖父方の親戚、祖母方の親戚、妻の母と妹、併せて15名の出席でした。7回忌の時よりか人数が減っています。亡くなった人、病気の人、それに年度末でどうしても仕事の都合がつかなくて来れなかった人などがいるからです。
 お寺さんに仏前で法要を営んでもらった後、墓まで出かけてそこでもまたお寺さんに拝んでもらい、帰宅後一席を設けて父の思い出話にふけってもらう。(私が墓までいくと時間が掛かりすぎるので私と妻が残りました。)
 この度は昨年父の姉が亡くなったため、まるで父と伯母の法事が一緒になったようで、父と伯母のの若い頃の話が続々と出てきました。父の従姉がおもしろくおかしく若い頃の話をするものですから、みんな笑いながら聞き入っていました。いい法事になったのではないでしょうか。今度は祖母の13回忌と父の17回忌を一緒に3年後にします。

3月14日


3月の「たんぽぽの会」

 
 3月14日、本年度最後の「たんぽぽの会」がありました。
 会の始めの話題はもっぱら「暖かいですね。今年は早く桜が咲きそうだ。」とにかく暖かいことは我々にとっては喜ばしいことなのだけど、あまりにも春の到来が早いのでみんな少々とまどっている感じです。
 今日のメインは『ゲーム大会』になっています。どんなゲームをするのかワクワクしていたのですが、これといった道具が見当たらない。床に二重丸がテープで書いてあるだけ。
 体操が終わってから、今日のゲームの紹介がありました。以前やったことのあるゲームの最新版。風船をうちわで扇いで丸の中に入れたり出したりして競うゲームです。名付けて『たんぽぽ風船ゲーム』
 赤黄の二組に分かれ鉢巻きを締め、二重丸の外円を囲むよう赤黄交互に陣取ります。最初は二重丸の外側と中側の円の間に風船を置いて、始めの合図とともに赤は風船を内側の丸の中に扇いで持っていく。黄はそうはさせまいと風船を外に出す。たったこれだけのゲームですが。
 いざやってみると風船が動いてくれない。動いてもまた全ての風船が中に寄ってしまう。失敗。外丸から競技者が離れすぎていて、扇いだ風が弱くなって風船に刺激ある風が届かないためです。
 そこでみんな外丸ぎりぎりまで近寄り、ゲーム再開。今度は風船もよく動く、成功。ルールも変更。止めの合図があったとき、中丸内の風船が会ったら30点、外丸内にあったら10点。じゃまをするには、風船をうちわで扇ぐかうちわで風船を捕まえて椅子の後ろに隠してしまっても良いことに。
 これで俄然ゲームらしくなり、ハッスルしてきたのです。みんな目の色を変えてゲームに熱中。動きにくい手なのに必死でうちわを扇ぎました。結果はどういうわけか私たちのチームが連勝。
 後のお茶に出たおいしい桜餅がなおおいしくいただけました。
 

3月5日

 孫が帰ってきた


孫がやってきた

 3月1日待ちに待っていた孫がやってきました。
 この日は入浴サービスの日です。やって来る予定時間は午後4時頃。ちょうどサービスを受けている最中になります。
 入浴中そのつもりはなかったのですが「早く出たがっていますね。」とヘルパーさんに言われる始末。やはり気持ちが外に出ていたのでしょうか。
 ちょうどお風呂から出たときに到着。ヘルパーさんが帰えられたら大急ぎで食堂へ。妻が早速娘に連絡を取って、孫を抱いて部屋から降りてきた。人見知りしているからと聞いていたので、顔を会わせたら泣くかなと思っていたのですが、【にこっ】と笑ってお母さんの肩に顔をすり寄せてはまた私の方を向く。声を掛けてやるとまた小さな舌を覗かせながら笑ってお母さんに顔をすりつけます。こうして最初の出会いは成功しました。
 その後、私も孫もお眠り。

 7時過ぎに食事にしようと言っていたので頃を見計らって食堂に出ると、孫は先に夕食を済ませ、これからお風呂にはいるとのこと。仕方ない、出てくるまでTVを観ながら待つ。
 8時頃やっとみんなが席に着き、夕食会。孫はそうそうに引きあげお寝んね。後は大人の時間。片づけが終わって妻が床についたのが夜中の2時になってしまった。

 2日土曜日はゆっくり起床。天気が今ひとつというところでしたが、薄曇りのようで雨の心配がなかったので食事の後、家から車で20分もかからないところにある隣町の動物園に行きました。娘が小さいときにもつれていったことのある動物園です。2歳半ぐらいの時で、娘がハトを追い回していたのを思い出しました。
 孫はまだ8ヶ月なのでベビーカーに乗っけたままです。
 最初にゾウの所へ行ったのですが、大きな畜舎に子象が1頭で孫の目にはなかなかとまらなかったようで、象より自分と同じようにベビーカーに乗っている仲間ばかり気になったようです。それでもやっと象が目に入り、怪訝そうな顔で観ていました。
 一番喜んだのは、キリンが2頭運動場でかけっこをしていたところです。これは私たちも喜びましたけどね。写真と撮ろうとしてもキリンが気になってレンズのほうになかなか向いてくれなくて困りました。
 まあ、田舎の動物園ですからたいしたこと無いのですが、それでも1時間ほど見て回りました。
 帰ってからお昼を食べ、お昼寝。もちろん私も昼寝です。
 私より孫のほうが早く起きていました。大人たち(私・妻・母)が順番にあやして喜んでいる。孫が舌を出して笑っている顔を写真に撮りたかったのですが、ついに撮れず、残念でした。
 夕食も途中まで孫が一緒でしたが、愚図りだしてお寝んねへ。後は昨日と同じ大人の世界。

 3日、もう今日は孫が帰る日になった。まだ私がベッドにいるときに妻が孫を抱いてやってきて、「つぐみはもう帰るよ。マタネ!」と。どうも上から見下ろすと人が違って見えるのか、最初は知らない人を見るようなそぶり、ショット慣れて笑ったと思うと、愚図りだした。部屋も初めてなのできょろきょろばかりしていました。
 私も起きて、帰りの見送りを。外まででないで私は玄関先で見送り、他のものは駐車場から車が出るまで見送り。元気だったら最後まで見送れるのに、仕方ないか。


 孫たちが帰った後は気が抜けたよう。母も妻もそして私もボーとしていまい、何をするのも気が入らない始末。私もベッドに潜り込んでしまいました。
 今度はいつ会えるやら。たぶん夏まで会えないだろうな。初節句になるので鯉のぼりを送ることにしました。

 いつものことながら、来るではまだかまだかと待つのですが、来てしまえばあっという間に時は過ぎるものですね。もう少しいてほしいと思うのですが、外孫ですから仕方ない。でもこれで良いのかも知れませんね。

 以上、『孫が帰ってきた』の報告です。
 
 
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たっちしているのですよ。
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初めて見るキリンにビックリ。
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何見て笑っているのかな。
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ご自慢のポーズ。

 

2月18日


2月の「たんぽぽの会」とバレンタインディ


 14日に2月の「たんぽぽの会」がありました。
 体操の前の話にバレンタインディのことが話題になりました。
 この病気になってからは妻からだけのチョコレート、ところが今年は忙しいからかバレンタインディのバの一言も妻の口からでない。「たんぽぽの会」に送って行ってもらう車中で「今日はバレンタインディだよ。」と私のほうから請求する始末。
 ですから療法士の先生が、「チョコレートもらった人?」と聞かれたときに手を挙げられなかったのです。
 
 今日の内容はベンチサッカー。梅組と桜組に別れました。私は桜組、しかも鉢巻きまでしてもらって。
 1.2試合は足だけを使っての本当のベンチサッカー。
 今日の私の位置は第1試合はOFに当たるところです。ところが左足で蹴り込まなければならないのに私の左足は麻痺がひどいのでうまく動いてくれません。
 私の所為ではないと思うのですが、第1試合は梅組の勝ち。
 第2試合は、キーパーの位置が変わって、今度はDFになります。麻痺の少ない右足が使えるのでがんばれます。
 ボール(ビーチボール)が敵のゴールに入らないように必死で防御します。でも健康な人のように足を上げたりはできません。それに素早く動かすなんてできっこありません。それでもがんばりました。おかげで第2試合は桜組の勝ちとなりました。
 第3試合は手も使っても良いということに。しかしボールをつまんではいけないのです。それと手渡しでボールをの来るのもダメ。
 みんな車イスや折りたたみイスから落ちるのではないかと思うほどの興奮ぶり、こんなに手足が動くなんてと思うぐらい動くのだから不思議です。反対サイドにボールが行っているときはそれを見るのが楽しみ。男子も女子もものすごい形相です。
 結局第3試合も桜組の勝ちとなりました。

 お茶の時間も終わり、解散し、みんなタクシーや迎えの車で帰ったのに、妻はまだ来てくれない。みんなが帰って5分以上もしてやっと迎えに来てくれる。 
 「バレンタインのことが話題になった?」と妻が聞く。「誰からももらってないから手を挙げれなかった。」「いけんかったな。」だって。
 
 でも帰ったらテーブルの上につつみが置いてある。『ははあ、僕を送っていった後買いに行ったな。』やはりそうだった。私と息子たちに送ってくれました。毎年ボンボンチョコなのに今年は節約か、ハニーベアの可愛いチョコが箱にひとつ入っていました。まあくれたのだから文句は言われないですよね。

 昼寝をしていたら、聞き覚えのある声がし、デイサービスのヘルパーさんが部屋に入ってきて、「義理チョコ持ってきたよ。明日来るときに持ってこようと思ったけど、やっぱり今日が良いと思って持ってきましたよ。」と手渡してくださいました。わあ他人からチョコもらうの本当にひさしぶりだ。義理と判っていてもうれしいものです。
 夕食後、もらったチョコをまず僕が食べ、後母と妻にもお裾分けしました。おいしかったです。

2002年1月13日

1月の「たんぽぽの会」新年会


 1月11日{たんぽぽの会」の新年会がありました。今日も妻が同席です。
 みんなで年頭の挨拶をして、恒例正月三が日のお餅を食べた数比べ。私はこれがあるから今年は例年以上にもちを食ったのでしだ。
 最小が2個、最高が15個でした。ちなみに私は一日2個の三が日で6個。去年までは3個だったのが倍食べましたが、平均並みでした。みなさん結構食べるのだ。
 
 今日のゲームは新年会らしくまず始めに「福笑い」。と言っても全員がするのではなくて代表者がするのです。
 白紙の画用紙の張ってあるお面をかぶり、自分で顔の輪郭・髪・眉毛・目・鼻・耳・口を描くのです。
 大きな顔の輪郭に小さな目や鼻をかく人、逆に小さな輪郭に大きな目や口をかく人、どんな顔のなっても決して描かれた絵をけなす笑いはしません。すごいと驚きの声を上げます。 顔の外に目や口が描かれている人、耳が顔の中にくっついている人、髪の毛がカツラのように離れている人、それぞれ個性ある絵ができました。
 おもしろいもので描かれた絵というものが何となく絵を描いた人に似ているから不思議です。
 私は絵がとても下手なので代表者に立候補しませんでした。

 次のゲームは風船バレーゲームとでも言うゲームです。4チーム作り、田の字のコートに入り、風船をうちわで扇いだり叩いたりして他陣地に風船を地面に落とすゲームです。もちろんオンゴールもあります。
 途中、科学のいたずらで、風船が天井にくっつくというハプニングが起こりました。
 手が思うように動かず、うまく風船を扇ぐことができませんでしたが、それでも必死に手を動かして何とか風船を扇いだり叩いたりしました。
 得点の多い方が負けです。どういうわけか1チームが集中的に攻撃され、後半は私たちチームに攻撃の目が向けられましたが、何とか攻撃を交わすことができ、私のチームが最少得点で優勝です。今年は幸先がいいぞ。

 あとは饅頭でお茶を一服。どういうわけか饅頭のあんが喉につかえて咳き込んでしまい、保健婦さんたちを心配させてしまいました。
 今月は手を使ったゲームだったので、来月は足を使ってのベンチサッカーをする予定です。
 
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左端に移っているのが「福笑い」です
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大口開けて「風船降りてこい。」
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只今手の届かないところなので観戦中
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みんな必死なのがわかるでしょう

 

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